長崎のオランダ通詞(通訳)堀家の生まれ。長崎出身。別名:堀孝之。

パリ万博使節団秘書として様々な発行物として紹介されてきたが、パリへは渡仏せず香港で下船した模様。下記にご子孫である富原カンナ様からのメールを一部転載。

ただ堀に関しては、十年程前に犬塚先生のご研究成果として伺ったことですが、堀は香港まで同行してそこから帰国し、実際にパリには行っていないとのことです。ですから、実質的にはパリ万博使節団一行とは言えないようです。

以下は薩摩藩英国留学生記念館ウェブサイトで紹介されている堀について一部転載。

五代友厚の長崎海軍伝習所時代から親交があったようです。薩摩藩英国留学生として渡欧中は、新納・五代・寺島とともにヨーロッパ各国を回り、慶応2年3月帰国しました。五代が実業界に転進してからは五代の事業を助け、五代の死後は遺族の世話をしていたそうです。堀家と薩摩藩の関係は深く、島津重豪が『成形図説』の編纂のために、孝之の曽祖父にあたる堀家5代堀門十郎を薩摩藩に召抱えています。明治44年(1911)67歳で死去。